開業医の跡取り

私の家は家系図によれば江戸時代から?代々医者でしたので、子供の頃からそれなりにプレッシャーもあったし、何よりもここで終わりにさせては末代までの恥といった意地があったかも知れません。うまく親に操作されていたのかも知れませんが、小学生の頃から作文で将来の夢に「医者」と書いていたくらい、医師になりたかったようでした。幸い、五体満足で健康に育ち、学力もそこそこあったので医師になれました。

神戸大学にいた頃は横田先生の元で学会発表を年に5-6回、全部新ネタでやっており、しかも質疑応答も結構厳しくやっていたので、結構その道の同業者には顔と名前が知られていたようです。こっちもそれにのめり込んでおりましたし、家を継ぐと言うことはまったく考えていませんでしたし、考えようとしませんでした。高槻病院に出張しても、循環器内科のたちあげと学会活動、病棟の管理に心血を注いでいました。しかし、父は割と早くから診療所を継承して欲しかったようです。今でこそ、市民病院的な役割を果たしていますが当時の高槻病院は、周囲の開業医の反対の中設立されたという経緯もあり、開業医からの紹介が比較的少ない病院でした。循環器のチーフの銕啓司先生と相談し、地域医療の中核になるためには、紹介患者は必ず、返事を1.初診時、2.入院時、3.退院時に入院サマリをつけて返事を返し、できるだけ元の先生のところに返すようにしようという方針でいくことになりました。患者様のことを考えれば入院中にした検査データを元の紹介医に返すことは、医師にとっても、患者にとってもためになると思ってはじめ、当たり前のこととおもっていました。(開業してびっくりしたのは、このような考えの病院や医師がほとんどいなかったことです、ある病院では入院サマリなど無いといわれ愕然としました。)さらに、生理検査のオープンシステム(電話一本で、開業医が病院に好きな検査をオーダーできる仕組み)も開設し、飛躍的に開業医との連携が進んで行きました。私自身も、連携を勧めていくうちに、紹介していただく開業医の気持ちが分かるようになり、併診でみている患者様はちょっとの変化があっても、逐次紹介状を書くように心がけるようになりました。病診連携が患者様のみならずお互いの医師にとっても大変重要であると教えられた経験でした。父の希望も強く、教室とも相談し平成7年の1月から有休を使って、診療所の手伝いをして、4-6月に交代と言うことになりました。しかし、十分な引継もないまま1/17に震災で神戸が破壊され、以後はまったく手伝いなどできるはずもなく、4/1に日本循環器学会総会で名古屋で発表して、神戸に帰り4/2から診療所を継ぎました。この頃は、診療所はぼろいし、機器もない、患者も来ない、正直言って落ち込んでおりました。

開業してしばらくした頃に横田先生が、おまえほどの腕を持っているのなら心エコーをやめてしまうのはもったいないといわれ、検査依頼をするから心エコー検査装置を買えといわれました。生まれて初めて借金をして高額医療機器を購入しました。先行きは大変不安でしたが、徐々に前田先生や、その他近隣の先生からも依頼があるようになり、検査をして専門医としてのコメントをつけて返すという診診連携が確立されて行くにしたがい、自分のやりがいを感じるようになってきました。それが、現在の病院での心エコー検査指導という流れにつながっています。

神戸の町が復興されて行くのをみながら、診療をしていますと、古くからの患者様が戻ってきて「あら、あんなに小さなお兄ちゃんだったのがねえ。お子さまもいるのね、これ、店のあまりものだけどよかったらどうぞ」と来られるようになってきました。考えてみれば、私は、この地域の患者様の暖かい励ましで不自由な生活をすることなく医師になれたのです。彼らにとれば、励ましは私に対する先行投資であり、そういう意味で私は自分のできるかぎりの診療行為でそれに報いてあげるのが当然でもあるわけです。というわけで、診療所と家が一緒ということもあり、時間外応需や在宅訪問診療などもやっています。結構しんどいときもありますが、私が開業したときに目指した「私が世話になった地域の人々が気軽に立ち寄っていただける一方で、近隣病院などから心エコーの専門医として検査依頼のある特定機能的診療所」に少しでも近づいてきているのではないかと思っています。そして、今先行投資をいただいている私の子供たちは、いったいどう育って行くのでしょうか?

さて、大学の後輩にも開業医の跡取りはたくさんいます。その親の多くのは高齢で、町の中心部で限られた数の患者様をみながら医院を細々やっているという後輩もいます。恐らく、彼らもいずれこの診療所を継承するかどうか悩むときが来ると思います。そうしたとき、私のこの経験が彼らにとって少しでも力になればいいと思っています。 inserted by FC2 system