壁運動異常の上手な見方

基本的で在り来たりですが、重要な壁運動異常の上手な見方について解説いたします。

ポイント1.解剖学をよく理解する。

1)冠動脈の走行、支配領域を理解する。

冠動脈の走行は、教科書などにも載っていますが、それをエコー図に投影して理解しておくことが重要です。ここでは冠動脈のAHA分類によるナンバーで説明しますので、よく理解しておいて下さい。また、エコー図に関しては、ここではASEなどで使用されている16分画は必ずしも冠動脈の解剖を意識した分画ではないので、神戸大学方式の13分画で説明いたします。図で示すように冠動脈の走行は1.前下行枝(LAD)は前室間溝に添って心尖部に進みます。2.回旋枝(LCx)は途中まで房室間溝に添って心臓を後ろに回り、途中で心尖部方向に12番のOM(obtuse marginal branch:鈍角偏縁枝)、13番本幹、14番PL(postero lateral branch)を分枝しているのです。3.右冠動脈(RCA)は同じように房室間溝に添って心臓を後ろに回り、4PDは後室間溝に添って心尖部に進みます。従って、左心室を紡錘状と考えると、冠動脈は「まわし」と、「ふんどし」の関係で理解すると理解しやすいです。すなわち、まわしがLCxとRCAの本幹で、前のふんどしがLAD、後ろの短いふんどしがRCAの4PDとなるわけです。また、後壁と下壁は回旋枝が優位か右冠動脈が優位かで支配領域が異なってきます。従って、図に示したような冠動脈の走行、支配領域をエコー図と対比して理解しておくことが重要なのです。

2)冠動脈はend arteryであることを理解しておく

冠動脈の走行、支配領域を理解できていても、もっと大事なことを知らないと、とんでもない壁運動異常をつけてしまいかねません。冠動脈はend arteryといって、通常、吻合などがないために、一旦冠動脈が閉塞すれば、末梢に行けば行くほど、虚血は重症になってきます。そのため、例えばLADの7番で冠動脈病変によって壁運動異常が生じたならば、前壁中隔よりも心尖部の方がより虚血が強く壁運動異常も高度になるのです。前壁中隔のみAkinesisとつけていて、ApexはNormokinesisとつけている場合、虚血によってそのような壁運動が生じる場合は非常に特殊なパターンしか存在せず、むしろそのような壁運動異常が確実に存在するのならば、心筋炎やサルコイドーシスのような病変を疑わなくてはいけないのです。そうでなければ、所見を見直す必要があります。

3)冠動脈病変による壁運動異常のパターン化

以上のポイントを理解すれば、ある程度は冠動脈病変により壁運動異常のパターン化が可能です。基本的にRCA LCxは「まわし」なので心基部が中心に、LADは「ふんどし」なので、心尖部が中心に壁運動異常を呈します。

RCA1番-4番:左室壁運動はこれらは同じ部位即ち、下壁の心基部中心となります。1-4番のいずれで起こっているかを知るためには右室の壁運動を見れば分かります。

LMT5番:以下に記載するLAD6番とLCx11番の所見が混在する状態となります。

LAD6番:心基部から前壁中隔の壁運動が障害され、心尖部はさらに高度です。

LAD7番:心基部の一部が壁運動が保たれますが、基本的に6番と類似します。

LAD8番:心尖部のみ壁運動異常を生じます。

9番10番:前壁の基部から心尖部前壁が障害されます。

LCx11番:心基部後壁が広範に障害され、乳頭筋レベル後壁も障害されます。

LCx12番:心基部後壁一部と乳頭筋レベル側後壁が障害

LCx13番:心基部後壁一部と乳頭筋レベル後壁が障害

LCx14番:心基部後壁一部と乳頭筋レベル後壁が障害

ポイント2.生理学をよく理解しておく。

1)冠動脈狭窄と壁運動異常の関係

壁運動異常から、冠動脈病変を推定しても冠動脈造影所見と必ずしも一致するとは限りません。それは、冠狭窄は75%以上で Flow reserveが低下しはじめて、99%で安静時の冠血流が低下するため、安静時の壁運動異常は99%以上の狭窄でないと出現しません。故に、ドブタミン負荷などでFlow reserveが低下した状態を見つけに行くのです。また、心筋梗塞などでは一旦閉塞後に再環流して狭窄度が心筋梗塞の程度を反映しない事もざらにあります。従って、冠狭窄と壁運動異常は必ずしも一致しなくて当然です。しかし、急性心筋梗塞の場合は、責任冠動脈と壁運動異常はほぼ100%一致します。しかも、急性心筋梗塞の場合は壁運動はほとんどが、dyskinesisです。その理由は、急性心筋梗塞では多量のカテコラミンが体内から分泌されているため、梗塞以外の部位はむしろ壁運動が亢進し、そのため心内圧があがり、梗塞の部位に圧をかけるためdyskinesisとなるのです。はっきりとした急性心筋梗塞で、壁運動異常がはっきりしない場合は亢進した壁運動による心内圧の上昇を逃がす現象である「心室中隔穿孔」や「僧帽弁閉鎖不全(乳頭筋不全)」などのより重症の疾患を合併しているか?・・・さもなくば、あなたの見方が悪いのです。

ポイント3.エコー図上の特別な見方を知っておく。

1)Thickningに注意せよ!

いぜん説明したように、心筋の収縮特性を知る方法として圧ー壁厚関係があります。血管造影では、測定不能なこの心筋の壁厚の変化は、心エコー法にてのみ測定可能です。この壁厚の変化に注意せねばならない典型的な場合として、心房細動時における壁運動評価をあげておきます。心房細動では心房のA kickの欠如により、乳頭筋レベルの心室中隔のexpansion(拡張)が低下するため、一見、そこの壁運動異常が存在するように見えます。しかし、先に述べたように解剖学的、生理学的にそのようなパターンの壁運動異常は非常に特殊なケースしか存在しませんので、その部位のthickningをよく見ていただければ、実はそこが収縮していることが分かることがほとんどです。同様に脚ブロックなどでasynchronyの強い場合もthickningをよく見ればいいケースがあります。また、収縮期に壁厚が厚くならない場合、Thickningの消失と呼んでAkinesis以上の壁運動異常が存在すると判断します。さらに部分的な強度の壁運動異常の場合は、systolic Thinningという現象が現れます。

2)Thinnigに注意せよ!

壁厚が部分的に収縮期にのみうすくなる場合(systolic thinning)と、拡張期にもうすくなっている場合があります。前者はなかなか滅多に見ることはありませんが、後者を見た場合は、必ずそこのsystolic thickningをよく確認しましょう。これが低下している場合は、完全なはんこん化のみならず、長い間の虚血によって冬眠心筋になっている場合にもみられるのです。

3)輝度上昇に注意せよ!

心内膜下に輝度上昇がある場合、心内膜下梗塞を起こしている場合が結構ありますが、それ以外のartifactによる場合もあります。この鑑別は、やはり輝度上昇の部位のsystolic thickningを確認することで可能です。特に、狭い範囲で輝度上昇が見られる場合は、high frameなどを用いて分解能をあげてよく観察することが大事です。

4)弁輪運動に注意せよ!

前回にも説明しましたが、心尖部の微小な壁運動異常では心尖部から見た弁輪運動の障害が手がかりになることがあります。

以上のようなポイントと注意点に気をつければ、心筋虚血の壁運動評価にいかに心エコー法が有用であるかという事が理解できるようになってくると思います。 inserted by FC2 system